ブレインストーミングに批判が禁物なのは定石。だけど、それを詳細な仕様の落とし込みや開発プロセスにまで持ち込むのは間違いで、単なる馴れ合いだと思う。
前職では、アメリカ人と、ドイツ人と、インド人と、中国人と、日本の同僚と、批判し、批判され、時には感情的なしこりすら残りかねないほどの議論を繰り返してきた。まあ、単に若くて感情的になりやすかったというのはあると思うけど (今も多分に感情的なところはあると思うけど)、そういった議論を延々と繰り返していくうちに、まず、批判されることに慣れ、批判することに慣れ、そうした議論と感情を区別する術が身に付いてくる。良いものをみんなで作り上げることが唯一の目的であって、別に人格を批判してるわけじゃない。私が絶対正しいんだと言うつもりもない。そして、私だけでなくみんながそう思ってる。
ものづくりでは、それを任された責任者が最終的な判断をするべき。でもそれは、批判を受け入れ、積極的な議論を通じて良いものを作ろうとするプロセスを放棄することとは全く違う。責任者が受け入れるかどうかはともかく、少なくともおかしいと思った部分に関してはいくらでも指摘すべきだし、また、責任者にはその指摘をきちんと考える義務がある。
私もまだまだダメだなと反省する部分がたくさんあるけど、これからも、できるだけ批判することを恐れず、そして、批判されることを恐れない姿勢でいたい。
いつも勉強になってます!