Archive for the '本' Category


[本] 『ノードストローム・ウェイ―絶対にノーとは言わない百貨店』

Saturday, December 2nd, 2006

 「伝説の百貨店」ことノードストローム。小売業における顧客サービスのお手本と言えば、真っ先にこのノードストローム百貨店の名前が挙がるだろう。その「伝説的な」エピソードは数多く、曰く「客がセール商品を気に入ったが、合うサイズが在庫になかったため、従業員がライバル店で買ってきてその客にセール価格で販売した」、「航空券を店に忘れた客がいたので、従業員がタクシーで空港まで行ってその顧客を見つけて券を渡した」、「ノードストロームでは扱ってない商品=タイヤを返品しに来た客(当然レシートも無し)に、その場で返金に応じた」等々。
 昨今の産業界では、顧客中心主義とか顧客第一主義とかいったお題目がスペイン風邪のように蔓延している。しかし、こうした伝説を生むような顧客サービスを実践している大企業が、他にどれだけあるだろうか(例えば伝説的な「物売るってレベルじゃねぇぞ!」というセリフを引き出したビックカメラも、お客様第一主義を一番に掲げている。)。地域密着型の個人商店や超高級ホテルならいざ知らず、全米展開している中~やや上流向けの小売業でこれだけのサービス面での評判を維持できるというのは、希有な存在だろう。

ノードストローム・ウェイ―絶対にノーとは言わない百貨店
ロバート スペクター P.D. マッカーシー Robert Spector

ノードストローム・ウェイ―絶対にノーとは言わない百貨店
日本経済新聞社 2001-02
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star現実性は?
star各エピソードは魅力的だが
star家族経営、同族企業の方へ

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 そんなノードストロームを礼賛する本。120%ノードストローム寄りのスタンスなので鵜呑みにはできないけど、事業の核となる販売員周りの仕組みが書かれている。例えば販売員にかなり大きな裁量を与えて、顧客へのサービスや対応をその場で決定させていたり、コミッションによるペイが大きかったり、販売員間での競争が激しかったりするようだ。しかし、そのある種の宗教にも近い企業文化とブランド力をいかにして築き、どのように維持しているかという、一番難しい部分については語られていない。中上流向けのアパレル系だからこそ成り立っている部分も少なくないので、この本を読んで「さあ、明日からうちもノードストローム流で行くぞ!」と上層部が言い出すような会社は、ちょっと将来を心配した方がいいだろう。(★★★)
 Wikipediaにも載っているノードストローム従業員則は、なかなかスマートだ。

Nordstrom Rules: Rule #1: Use your good judgment in all situations. There will be no additional rules.

 また、百貨店業界と言うといかにもローテクっぽいが、ノードストロームはIT投資にも成功し、最近の業績も上々のようだ。日本に進出して閉塞感の漂う百貨店業界を何とかして欲しいものだけど、まあそれは無いだろうなあ。

http://en.wikipedia.org/wiki/Nordstrom http://www.ciojp.com/contents/?id=00003055;t=46

[本] 『知られざる通信戦争の真実』

Monday, November 27th, 2006

 かつて、過激な値段設定と強引な促販方法とでADSLを普及させ、通信業界を揺り動かしたソフトバンク。色々と問題はあったけれど、ソフトバンクが日本のブロードバンド事業者に熾烈な競争を生み出し、結果的に低価格化と普及を早めたことは間違いない。他の通信会社にとっては本当にいい迷惑だったろうけれども。
 『知られざる通信戦争の真実』は、そんなソフトバンクのADSL参入による混乱や、IP電話がもたらした旧電話ビジネスへのダメージ等をつづった、ちょっと(と言うかかなり)古めの通信業界本だ。ブックオフ100円棚より購入。

知られざる通信戦争の真実―NTT、ソフトバンクの暗闘
日経コミュニケーション編集

知られざる通信戦争の真実―NTT、ソフトバンクの暗闘
日経BP社 2003-12-12
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star早速、古くなりつつある
star2001年からの通信業界の構造変化をコンパクトに抑えた一冊。
star業界変化に身を委ねている私たち

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 ほとんど全て「終わった」話なので、新しい知見は何も無く、クロスウェイブや平成電電といった懐かしい名前が出てくるのと、NTTグループ内での喧嘩話がちょっと面白いくらい。内容的にはややソフトバンク寄りで、既得権益と高い参入障壁とで守られていたNTTに、ソフトバンクが自由化競争を仕掛ける、というトーンのもの。「予想外」に伸びていないソフトバンク携帯の現状を眺めつつ、「あの頃のソフトバンクの方がまだ勢いがあったよなあ」と懐かしむ分には良い本かもしれない。(★★★)

Marty Neumeier, “Brand Gap”

Thursday, October 26th, 2006

 コカ・コーラ社の半分以上はブランドでできている。そのブランドの価値はおよそ700億ドル、約8兆円とか。普段、我々が空気のように接している「ブランド」というものには、なかなか侮れない価値があるようだ。
 そんな、一般人には何だかよく分からないけれど、企業にとってはコンサルを雇ってでも世間に浸透させたい「ブランド」について語った本、”Brand Gap”を。

Brand Gap

 「ブランドとは何か?」から始まり、いかに企業がブランドを構築すべきかを、Differentiate、Collaborate、Innovate、Validate、Cultivateの五章に分けてざっくり説明。各項目は大体こんな感じ。

Differentiate: 差別化しろ。一番か二番を目指せ。さもなくばスコープを変えろ。顧客へのメッセージは、”what it is”から、”what it does”, “how you’ll feel”, “who you are”へと進化させろ。

Collaborate: 右脳屋と左脳屋を一緒に働かせろ。ハリウッドやシリコンバレー的な、プロジェクト単位で人を集める方法が良い(ブランドとは直接関係ないような)。あとプロトタイプは役に立つ。

Innovate: 革新こそビジネスの原動力。みんなと違う発想をしよう(うん。まあそうだろう。で、具体的にどうやって?)。いい名前をつけよう。動かないロゴはもう古い。これからは動くロゴだ。ウェブサイトはシンプルで簡単に使えるように。

Validate: 顧客からのフィードバックを手に入れろ。ロゴのデザインとかを色々入れ替えてみて、印象を確かめろ。定量的調査よりも定性的調査を。大規模に調査してもあんまり効果は上がらない。

Cultivate: 組織もブランドも生きている。みんなでブランドを育てていけ。大きくなってくるとトラブル時のダメージも大きくなるので気をつけろ。ブランドにはとても高度なマネージメントが必要なので、そのうちCBO (Chief Brand Officer) という役職が普及するだろう。

とまあ、マーケティング屋らしい与太話で締めくくられる。一般人向けらしく、ほとんど根拠も議論も無く突き進むが、とりあえずブランドについて分かったような気にさせてくれる本。読み物として読んでみる価値はあると思う。専門家にとっては何の役に立たないだろうけど。(★★★)

P・ヴェプファ他『機長の決断』

Sunday, September 24th, 2006

 今は亡きスイス航空(ルフトハンザに吸収された)のパイロット、ヴェプファ氏が綴る「パイロットのお仕事とは?」という内容の本、『機長の決断』を。

『機長の決断』

 いまどきの飛行機ってオートパイロットだけで離発着まで出来るんじゃないの? と素人的には思いがちだが、この本ではいかにそんな考えが甘いか、どれだけの作業が離着陸の裏で行われているか、あるいはなぜ搭乗から離陸まであんな絶望的に待たされるのか、といったことが事細かに描かれている。まあ、15年以上古い本なので今はどうだか分からないけど、少なくとも搭乗から離陸まで死ぬほど待たされる点は今も変わらないようだ。
 この本の著者は相当に几帳面らしく、パイロットやその周辺の職務内容をかなり細かいところまで描いていると思う。その几帳面さが高じて、ことあるごとに事故事例を引っ張り出して「何年何日にボーイング707が高度設定の間違いで山に激突した」とか「インドで着陸空港を間違えて大破した事故があった」とか紹介していたりする。パイロット志望者ならともかく、一利用者という立場で読んでいると、飛行機というものにささやかな不安を感じなくもない。(★★★)
 これとは全く関係ないけど、今からちょっと成田-サンフランシスコ便に乗ってきます。

岩脇一喜『SEは今夜も眠れない』

Thursday, September 21st, 2006

 元銀行のシステム部門の人が15年に及ぶSE生活での体験(主にトラブル)を綴った、『SEは今夜も眠れない』を。

岩脇一喜『SEは今夜も眠れない』

 多分アニメーターとゲーム開発者の次くらいに「眠れない」職業であろう、SEにスポットを当てた本。ではあるが、この著者は、銀行の、しかも国際業務班という海外を飛び回るポジションで、日本の一般的なSEとは一寸異なる代物だ。ブリュッセルやパリに赴き、一秒を争う状況でトラブルに立ち向かう(銀行業務なので間違ったり遅れたりすると億単位の損失が出るとか)のが普通のSEだと思われると、ちょっと困る(それに、日本のSEの多くは金融系みたいに良い待遇を受けていない)。
 まあ、読み物としてはロスの大地震やニューヨークのテロ事件に関わるエピソードがあったりして、それなりに興味深いけれど。読後感がいまいち物足りないのは、せっかく金融系の話なのに結局たいした失敗談もなく、どのエピソードも無難な結末で終わっているからだろう。ベアリングス銀行やエンロン事件と比べるのは酷だが、一億や二億ぐらいの損失を出してさあどうしよう、ぐらいの話は欲しかった。大抵の場合、成功談より失敗談の方が面白いのだから。(★★)

ディーン・クーンツ『ストレンジ・ハイウェイズ1 奇妙な道』

Thursday, September 14th, 2006

 超ベストセラー作家の一人でありながら、同じジャンルにスティーブン・キングという王様が居座り続けているおかげで、三十年来トップに立ちきれないというポジショニングの(主に)ホラー作家、ディーン・クーンツ。その95年頃の中短編集『ストレンジ・ハイウェイズ』三分冊の一つを。

『ストレンジ・ハイウェイズ1 奇妙な道』

 まずは中編の『奇妙な道』。父の訃報を受けて故郷に戻った、落ちこぼれ四十路のジョーイ。そこで昔に封鎖されたはずの道を進むと、なぜか若かりし頃の自分に戻り、少女セレステと出会う。そこでジョーイは過去に防げなかった殺人事件のことを思い出し、やり直すチャンスだと信じて殺人鬼と相対する。という、割と普通にありそうなセカンドチャンスもの。
 ただこの話がちょっとユニークなのは、殺人鬼が悪魔に魂を売り渡した不死身の超人だったり、主人公が死にそうになったら臆面も無く時間が巻き戻ってみたりするあたり。スティーブン・キングもそうだけど、シンプルな話をここまで大げさに膨らませられるのは見事だ。
 あと舞台となるのは、地下で炭坑跡が燃え続けて崩壊しつつある町。こうした町は実在するらしく、写真として見てもなかなかインパクトがある。

Centralia Pennsylvania Photography - Underground Mine Fires burning since 1962 in Centralia PA.

 ついでに収録されている短編は『ハロウィーンの訪問者』。フリーマーケットで悪ガキが買い叩いたパンプキンヘッドが、夜になると……。そんな、変なパンプキンヘッドを買うと大変なことになるという教訓話。短くシンプルで小気味良い短編で、どちらかと言えば『奇妙な道』よりこちらの方が好きだ。
 全体的に捻りが少なく目新しさも無いが(十年以上前の作品集だし)、さすがベテランのベストセラー作家だけあって、構成も文章も安定している。とりあえず無難な海外ホラー小説を読みたい、という人にはちょうど良いラインだろう。(★★★)

ジェリー・カプラン『シリコンバレー・アドベンチャー』

Wednesday, September 6th, 2006

 1990年前後、GOというベンチャー会社が颯爽と現れ、ペン・コンピュータと名付けた新世代の製品を開発していた。全然知らなかったけど。その製品のコンセプトは一世を風靡し、IBMやマイクロソフト、アップルもこぞって同様のコンピュータを作ろうとしたと言う。全く聞いたこともなかったけれど。そんな、メジャーになりきれなかったベンチャー会社の設立から終焉までを、創業者自身が語ったベストセラー・ノンフィクション、『シリコンバレー・アドベンチャー』。原題は”STARTUP: A Silicon Valley Adventure”。

『シリコンバレー・アドベンチャー』

 一技術者だったカプランは、コンセプトとハッタリだけで投資家から数百万ドル集めてGOを設立。以後、IBMとの提携やメディアへの露出で注目を集め、マイクロソフトと火花を散らしたりハード部隊をスピンアウトしたりしつつ、IBMがあまり協力してくれないのでAT&Tに提携先を変え、そうこうしているうちにほとんど収益を上げないままAT&Tに合併されて、結局プロジェクトも志半ばで自然消滅してしまった、という話。
 あくまで創業者による経営サイドからの視点なので、技術的なウェイトは皆無だ。それよりも資金調達(「あと×日以内に追加投資を引き出さなきゃ、給料が払えなくなって倒産だ」)や他社との調整(「マイクロソフトが各ベンダーに圧力をかけてる。一体どうすればいいんだ?」)、経営戦略(「うわ、AT&Tはアップルのニュートンで行くらしいぞ。もうおしまいだ!」)といった話がメイン。
 まあ全体的には負け戦だけど、割とあっけらかんにユーモア混じりで描いているので、それほど悲壮感は無く、むしろ「さて、次は何の会社を作ろう」みたいな終わり方で、爽やかな読後感がある(実際、このジェリー・カプランが次に設立した会社onSaleは成功して、オークションサイトの古株の一つとなっている)。ただ冷静になって考えてみると、6年間で7500万ドルの投資を飲み込んでおきながら、ほとんど製品らしい製品を出さなかったわけで、これをアメリカという国の懐の広さと見るか、単なるIT投資バブルだったと見るかは微妙なところ。(★★★★)

宮崎琢磨『技術空洞 VAIO開発現場で見たソニーの凋落』

Wednesday, August 30th, 2006

 元ソニーの下っ端社員が書いた暴露本(と言うほど何かをリークしているわけでもない)、『技術空洞』を。簡単に要約すると、「諸君らが愛してくれたソニーは死んだ、何故だ!」みたいな感じの内容。

『技術空洞』

 まずは筆者の入社当時「VAIOがいかに素晴らしかったか」から始まり、続いて「主にマネージメント層の保守的戦略」によりソニー製品から個性が失われ、「場当たり的なリストラと人事」で優秀なエンジニアが抜けていき、結局今の「製品コンセプトでも技術力でも品質でも勝てない」ソニーに至る、というのが主な流れ。端から見ていて概ね想像がついた通りの内容なので、目新しい知見はほとんど無い。本当に無い。
 ただ、2000年前後の「VAIOが当時は一番だった」という自慢話は、個人的に納得しかねるところだ。その頃も「分かってる人」の間では「VAIOは無駄に高くて使いにくくて壊れやすい」というのが定説で、ThinkPadやDynabook、Let’s Noteあたりが評価されていた記憶がある。確かにデザインは飛び抜けていたので、見た目とブランド力で売れていたのは間違いないが、あれを最高と言うのはちょっと持ち上げすぎだろう。客の視点から見たVAIOは、そこまで良いものではなかったと思う。
 あとちょっと意外だったのが、久夛良木さんを褒めているくだり。その大口と露出の多さからネットでは叩かれがちな久夛良木さんだが、PSPやPS3といった他社に無い(良くも悪くも)製品の開発を断行できるのは、もはや久夛良木さんぐらいしかいないと言う。まあ、PSPとPS3を除くと本当にエレキとしてのアイデンティティが無くなってしまうので(ウォークマンを指して「ソニーのiPod」と呼ばれる時代だし)、久夛良木さん自体も色々な意味で面白いので、ぜひあのまま突っ走って欲しいものだ。

PSPから見るSCEと久夛良木の歴史

 ちなみに、このゴシップっぽいレーベルの特徴のようだが、所々の言葉に英単語が併記してある。例えば、「今でも忘れられない鮮烈 vivid な光景 scene がある」みたいに。英単語の勉強になって為になる、などということは全くなくただただウザいだけなので、要注意。(★★)

辺見庸『もの食う人びと』

Thursday, August 24th, 2006

 飽食な日本にはもううんざり。世界には食えない国だって多いはず。そんな本当の食を求めて旅に出た。という感じの、ノンフィクション作家・辺見庸のルポ本。バングラデシュで残飯を食うところから始まり、ドイツの刑務所で囚人とランチし、エチオピアで衰弱死寸前の子どもを眺め、果てはチェルノブイリでスープをご馳走になったりする、世界貧困食紀行みたいなもの。どこをどう読んでも普通の旅行の参考にはならないが、逆にこういうグルメでも名物でもゲテモノでもない食の話は他に見たことがないので、ちょっと読んでみる。

『もの食う人びと』

 まずタイトルにある通り、主題は「人びと」であって、「食」は企画上絡めているけれどもあんまり「味」については語られていない。また、「人びと」の部分も相当に感傷的で、ちょっと鼻につくところも少なくない。だが、少なくとも「多少の放射能汚染なら味は変わらない」と言った知識を仕入れることはできる。特に戦後の日本軍残留兵がミンダナオ島で食人行為をしていた、というのはちょっと知らなかった。知っていたからといって何かの役に立つわけではないけれど。
 ある意味ピーター・メイルと対極に位置する本だが、よくよく考えると、高い旅費とガイト・通訳と(多分)カメラマンを使ってバングラデシュに残飯を食べに行ってるわけで、究極の贅沢、と言えなくもない気がする。(★★★)

『贅沢の探求』

『流血の魔術 最強の演技―すべてのプロレスはショーである』

Saturday, August 19th, 2006

 近ごろ流行りの八百長ブームを機に、積ん読本の地層からこんな本を。プロレスの元ベテラン・レフリーが打ち明ける、プロレスという名の格闘技、と言うかショーの真実。「相手に負けてもらえるよう駆けずり回って交渉した」「選手やレフリーがカミソリを隠し持って流血を演出した」「わざと襲撃事件をでっちあげて話題を呼んだ」といった裏事情が並びつつも、「ショーだと分かった上で楽しんで欲しい」というメッセージを込めた、ノンフィクション本。

 まあ、今時プロレスが真剣勝負だと本当に信じて見ている人はいないだろうし、僕も実際見ていないが(プロレスそのものを)。それでも人がプロレスを見て楽しむのは、八百長だと分かっていながらも、「真剣勝負ということになっている」ことに納得しているからであろう。つまりプロレスとは、ジョージ・オーウェル流の二重思考が要求される、極めて近代的なエンターテインメントであると言える。
 一方で亀田氏の試合があそこまでバッシングを受けたのは、「真剣勝負ということになっている」色の強いボクシングで、素人目に八百長としか思えない結果になってしまったからだ。もうこのあたりは興行側や選手たちの、「それらしく見せる」技量が足りなさすぎたと言わざるをえない。八百長なら八百長なりにもっと空気を読み、観客の求める展開を作るべきであったはずだ。例えば普通の判定で勝てそうにないなら、ゴングの合間にまぐれKO勝ちのシナリオを作って両選手に伝える、くらいの工夫をすべきだった。こうした点で、まだまだボクシングはプロレスに及ばないなあ、と思った次第。(★★★)